書き手よろしく創作と収入のバランス問題

年が明けてもう12日も経ってしまった。
クリスマスを終えて年を越すまでは何となく落ち着かないような気持ちだったのに、年が明けてみれば全然身体がついていかない。お正月休みは普段なかなか会うことのない人たちや憧れの人とお茶をするなど、楽しくて楽しい時間を過ごしたのだけれど、時が経てばどれもそれも積み重なった1日の重さに圧縮されてしまってかなしい。

年が明けて最も印象深かった出来事は演劇のワークショップに参加させてもらったことだ。演劇のワークショップに参加したいなどと意見表明すること自体おこがましいと思っていた私にとって、エントリーの時点でかなりの勇気を消耗したのだが、参加させてもらってよかった。自分が自分と関係のない他人に”なっていく”感覚が心地よく、その感覚は創作にも活かせると感じた。ダンサーや俳優さんなど優れた身体感覚を持った人の書く文章にはかなわない何かがある。今年はジャンルを横断した表現に触れて豊かな文章を書きたい。

昨日まで11歳年下の弟とソウルに行っていた。
最近元気のない弟を元気づけるために、海外でも行ってみようかと誘ったら「韓国に行きたい」というのでそうした。5年前は一緒にディズニーランドに行き、私の買ったターキーレッグをすべて平らげられたことに激怒してしまったことがあるが、今回はそんなこともなかったので楽しかった。私も彼も大人になった。ターキーレッグを食べられて激怒したのはたった5年前、私が23歳のときの話なのだけれど。

韓国にいる最中にひどい悪寒がして、震えながら帰ってきた。熱は38.4度を超えている。楽しみにしていた約束をひとつ、泣く泣くキャンセルした。病院に行くとウイルス性の風邪とのことで、検査をしてもインフルエンザではなかった。バイトや取材の予定を潰さなくて良くなったことに安堵して原稿仕事を続けるが、熱はまだ下がらない。心細くて誰かに電話したくなったり、弱音を吐きたくなったりして、ようやく身体が弱っていることを知る。弱音を吐きたくなると、かつて結婚していた人のことを考える。もっと何とかならなかったのだろうか。こんなことを考えてしまうのも全部熱のせいだ。

最近はクライアントの支払いが遅れることが続いて、未払いだけで20万円ちかい金額のお金を2月末まで待たねばならず、働いているのに生活が苦しい。仕方がないので繋ぎのつもりでバイトを始めた。バイト先の中国人の女の子はお客さんの前ではカタコトの日本語でバカっぽくしているのに、仕事が終わった瞬間から流ちょうな日本語を喋り、持ち合わせていたのであろう聡明な雰囲気を漂わせる。プロだと思った。対して私はお客に仕事を教えてもらう始末で、初見の人と何を話していいかわからなくて笑顔で見つめ直すだけで黙ってしまう。ママに「おしゃべりが上手にできないならスキンシップをすればいいのよ」と言われて肩もみをした。何かが間違っていたに違いないが、諦めたように「それでいいわ」と言われた。よくないですよね……。

バイトを生活費を貯める軸にしてから、仕事のリスケに神経質にならなくて済むので、その点では気が楽だ。魂を燃やす創作ばかりやっていると体力が持たない。だから、仕事のペースを落とさずに徐々にバイトの比重を増やしてみている。ただ、正直なところバイトは苦痛だし、夜の予定が入れられないので友達と遊びにくいのも寂しい。それにバイトをしていると言うと、どこかバカにされている感じがするのも嫌だ。ある人にはバイトをしている旨を伝えて「(面倒なので)あまり人に言わないでほしい」と言うと「全然ダサいことじゃないですよぉ」とフォローされた。「売れてる人でもバイトとかするんですねぇ」とほくそ笑まれて顔面を殴りたかった。私が売れてるとか売れてないとかを抜きにしたって「バイトをしてる=売れていない」という固定観念を捨てろ、クソが。いつか絶対ぶっ殺す。バイト早く辞めたい。

この半年ほど、創作環境についてずうっと模索を続けている。
毎日毎日四六時中、創作について考えられたらいいのになぁと思う。

お腹が空いてきたので、半額のキャベツメンチカツを食べる。
47円の半額だから、四捨五入で24円。
私、どんな環境でも生きていけるな。